本堂 三十三観音像

由来

曹洞宗田島山米泉寺(そうとうしゅうでんとうさんべいせんじ)は、今から約二百年前文化年間の頃(1804年~1816年)福井大本山永平寺に特別の縁のある金沢樟樹林大乗寺四十三世無学愚禅禅師を御開山として草創された。嘉永年間の頃(1848年~1854年)大乗寺五十七世虎厳禅師により本堂が再建され、現在に至っています。
「米泉寺」とは、米が泉のように湧き出でる寺、当寺の裏を流れる「五十嵐川」は昔から暴れ川として知られ、川の氾濫のため、米が収穫できない年もあり、豊作を祈願して「米泉」と名づけられたと言われています。
境内には「子育て大地蔵尊」、豊作・家道興隆等を祈願するための「願掛け地蔵尊」などが祀られ、朝夕多くの方の信仰を集めています。

米泉寺からのお知らせ

当寺院では従来の墓地とは一味違う緑豊かで清浄な寺院墓地「摩尼珠霊園」を開設しております。 詳細は左メニューの“墓地のご案内”をご覧ください。
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